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ゴト現場24時 (2006年8月)

ゴト師の種は尽きまじき

 関西以外の方にはあまりなじみがないかもしれませんが、私は以前からタレントの浜村淳さんの大ファンです。テレビやラジオで披露するその軽妙な語り口や、道,理をわきまえた物の見方には、わが意を得たりとひざを打つこともしばしば。

 昨年だったと思いますが、彼がラジオ番組で話していました。「昔、石川五右衛門という大盗賊が豊臣秀吉の命を狙って伏見城に忍び込んだものの捕らえられ、油が入った大がまの中でゆで上げられるという、とんでもなく恐ろしい刑に処せられました。処刑直前に秀吉が『最後に言い残すことはないか?』と尋ねたところ、五右衛門は"石川や浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ"と辞世の句を詠だといいます」といった内容。つまり「無尽蔵にある海の砂が消えてなくなるというあり得ないことがあったとしても、この世の中から悪いことをするやつがいなくなることは絶対にない」ということです。実に言い得て妙。昨今の新聞を読むと、信じられないような悪事をしでかす輩が次から次へと出てきています。

 ちょっと不謹慎に思われるかも知れませんが、この辞世の句をゴトに置き換えてみました。「パチンコや銀の玉(コイン)は尽きるともホールにゴト師(不正)の種は尽きまじ!」です。ホールが存在する限り不正(ゴト)の種は尽きることはなく、逆にますます巧妙さを増しているのです。

 話は少し変わりますが、私が育った小さな町にもパチンコ屋がありました。入り口が広く、だれでも出入りでき、また一番端の台は店の奥からは見えなかったので、私は時々小学校からの帰りに丸い小さな石を投入口に入れ、いたずらで飛ばしたものです。これも今でいえばゴトかもしれませんね!

 ところがある時店員さんに見つかってこっぴどくしかられました。その時、店員さんが私をしかる中で「磁石を使って悪いことをするやつがいる」と口にしたのを今でも覚えています。ということは、すでにその時から磁石ゴト(当時そういう名称であったかはわかりません)が存在していたということでしょう。これは今から50年ほど前、昭和28〜30年頃の話です。そして、今もなおその磁石ゴトは存在し続けています。ちなみに日遊協で調べていただいたところ、磁石ゴト防止のため昭和35年にあるメーカーが2枚ガラスを採用してから、そのあとすぐにほとんどのメーカーが2枚ガラスにしたようです。

 また、「日遊協の10年」という本の中に「パチンコ産業の歩み」というぺージがあり、それによると、正村ゲージが登場したのは昭和24年だそうです。現在のパチンコの原型ともいえる機種が開発された数年後から存在しているゴト手口が、いまだに解決出来ていないことを考えても、まさに"ホールにゴト師(不正)の種は尽きまじ"ではないでしょうか。

 以前このコーナーで「我々(弊社)がやる遊技台検査はそれが終わりではなく、ホールがやる日常点検の初めを作りお渡しするのです」といった内容のことを書きました。これは、毎日必ず決められた台数の遊技台を点検するという簡単なことですが、残念ながらそれすらできていないホールがほとんどのようだからです。毎日の点検を実行していれば、万一ゴトを仕掛けられたとしても、1週間か10日ほどで発見できることが多いと思います。日常点検については、開閉記録装置などと組み合わせることがベターなのですが、そのことを詳しく書くと弊社の商品コマーシャルと受け取られるかもしれませんので、ここでは控えますが、今後も遊技台にはゴトや不正が必ずあるものと考えて対応する必要があるということは忘れずにいただきたいと思います。